インタビュー

「強みも弱みも ありのままの私で歩んでいきたい」テーブルコーディネートサロン Style green 岩井道さん


ASHIYA RESUME ロールモデルインタビュー

芦屋を拠点に活躍するさまざまな起業家や女性たちの言葉をお届けしているロールモデルインタビュー。

今回は、テーブルコーディネーターの岩井道さんに、お仕事への想いと、コロナ禍でご自身の在り方や教室の運営について悩んだ日々を乗り越え、気持ちを新たにリスタートした今の心境についてお話しいただきました。

インタビュー実施日|2022年11月

ご紹介

芦屋市内のご自宅でテーブルコーディネートサロン「Style green」を主宰されている岩井道さん。
父親の自宅介護の担い手の一人として幼少期~青春時代を過ごし、結婚、子育てを経て、「自分のやりたいことをしたい」と始めた習い事をきっかけにテーブルコーディネートの世界へ踏み出します。

転居先の東京では、習う側から伝える側へシフト。始めた教室は大盛況となり、大手百貨店やメーカーからのお仕事も舞い込み、充実した講師生活を送っていました。

東京での生活に一旦区切りを付け、地元芦屋に戻ります。東京と芦屋を行き来し活動を続けながら、コンテストでは最優秀賞を受賞。自宅教室を再開した矢先コロナ禍ですべてが白紙に。東京での華やかな講師生活とのギャップに悩み苦しみましたが、ある人の言葉がきっかけで自分の原点を取り戻し再び歩み始めました。

ほんの少しの“非日常感”が私を支えてくれた

小学生の時、父が半身不随となり自宅介護になりました。学校から帰宅して介護の手伝いをする毎日で、同世代の友達と違い、青春時代を楽しむことなく過ごしました。今で言うヤングケアラーだったと思います。

24時間介護が必要であっても、父は立ち上げた会社で社長として仕事をこなし、快活で交友関係も広かったため、国内外からの来客が多い家庭環境した。その時だけは、普段見ない特別な器に母が料理を彩りよく並べ、お客様をもてなしていました。休むことなく続く介護生活の中で、その時だけの”非日常感”にワクワクすることが心の支えになっていました。

結婚・子育てを経て、そろそろ自分のやりたいことをやってみてもいいかなと思えたのは40代半ばのことでした。当時習っていたフラワーアレンジメントのクリスマスパーティーでのウエルカムディスプレイに感銘を受け、センス良くテーブルを飾るための知識や理論を学びたくなり、当時では珍しかった神戸のテーブルコーディネート教室に通いました。器の使い方一つ、選ぶナプキンの色一つで、一瞬にしてテーブルの上の世界が変わることに驚きと発見の連続で、特別な物を用意しなくても、身近にあるものを工夫するだけでテーブルの上に可能性が広がることにと感動したのを覚えています。

 

華やかに映るテーブルコーディネートの世界から一転 どん底へ

子供の自立と夫の転勤で東京へ転居して、講師となり自宅で教室をオープンしました。有難いことに、遠方だと海外からもお越しいただけるような教室になりました。

大手百貨店のメインディスプレイや、ホテルでのセミナー、企業とのタイアップなどのお仕事が増え、生徒さんや講師仲間に恵まれ、スキルアップを目指してジャパンディスプレイクリエイターアカデミー(JDCA)で学んだりと、エネルギーに満ち溢れた充実した日々を送っていました。あの頃はまさにテーブルコーディネーターとしても講師としても、ピークだったと思います。

再び夫の転勤が決まり、これからの拠点をどこにするかを考えて、約6年間の東京生活に区切りを付けて、2016年に生まれ育った芦屋に戻ってきました。

東京と芦屋を行ったりしながら、東京でのお仕事を続けつつ、2017年には、「神戸舞子クリスマステーブルコーディネートコンペティショングランプリ兵庫県知事賞」を受賞することが出来ました。

テーブルコーディネートサロン Style green
神戸舞子クリスマス2017 テーブルコーディネートコンペティション 兵庫県知事賞を受賞したコーディネート

ところが、2019年に自宅で教室を再開した矢先コロナ禍で人と人が顔を合わせ集まることが難しくなり、すべてが白紙になってしまいました。

聴き、触れて得られるものに価値を謳っていたテーブルコーディネート教室だけに、教室の存在価値が全て否定されたような感覚に陥りました。特に私はこれから芦屋を拠点に活動し始めた矢先のことだったので、生徒さんもお仕事もほとんどない状態。東京での定期的なお仕事もなくなり、八方塞がりでした。

SNS上でコロナ禍の中でも活躍する講師仲間を見ては、「いいね」を押しながらも自分の状況と比べて、落ち込んで、SNSに心を乱されていました。心の内を話せる講師仲間もおらず、本当に孤独を感じていました。

 

ある言葉がきっかけで光が射した

“ASHIYA RESUME salon(2021年8月~11月実施)”に参加したのは、そんなどん底の時期でした。
「夢はありますか?」と聞かれて、「夢なんかない」と答えてしまうほど心がすさんでいました。その頃の私は、サロン文化が根付いている芦屋という場所で、どうすれば選ばれる講師になれるかと思い悩んでいたのです。コンテストでのグランプリ受賞という実績があっても、今の私にはテーブルコーディネート以外には何もないと。テーブルコーディネートにプラスして出来るものはないか、他とは違う私の価値って何だろうともがいていました。

ところが、講師の幟建さんの「差別化はしなくていい」という言葉にハッとしました。その言葉で、光が射し、一気に道が拓けた気がしました。「差別化」という考えに縛られていたことに気付き、大切なのは私らしさなんだって、素直に思えたのです。また同時に信頼できる誰かに話すのは、とても大切なことなのだと思いました。

後日改めて幟建さんの個別相談を受け、悩みや頭の中のモヤモヤがすっきり整理できました。落ち込んでしまったり、自分を見失いそうな時はいつでも見返せるように、その時のメモは大事に持ち歩いています。

テーブルコーディネートサロン Style green
個別相談を受けた時のメモ

 

さらに生徒さんからは「これからもテーブルコーディネートだけを教えて下さいね。テーブルコーディネートだけをきちんと教えてくれる教室は他にはないんです」と言われて、本当に驚きました。

私が伝えられるものはテーブルコーディネート以外ないと悩んでいたのに、生徒さんはテーブルコーディネートだけを教える私を必要としていたのです。自分の弱みだと思っていたところが、逆に強みなのだと気付いた瞬間でした。

コロナ以来、レッスンの在り方を模索しつつ、オンラインでレッスンを続けてきました。先日久しぶりに対面レッスンの機会をいただいて、画面越しでお会いしていた生徒さんたちの笑顔を間近で見られて、本当にうれしくて幸せでした。一番近くで生徒さんが喜んでいる姿を見られて、やっぱり私の場所はここだ、一緒に喜びあえる距離感でテーブルコーディネートを伝えていくことが、私の使命なのだと実感しました。

 

 

非日常の「作品」ではなく ほんの少し特別な「日常」に取り入れてほしい

私がテーブルコーディネートというお仕事で伝えたいのは、「特別な日より、日常をほんの少し豊かに暮らすこと」です。

テーブルコーディネート=おもてなしのイメージが強いですが、おもてなしというとその時だけ頑張り過ぎて疲れてしまい、やらなくなってしまいがちです。人をもてなすのも大事ですが、頑張っている自分自身をもてなしてあげてほしいのです。

特別なものを用意するのではなく、いつもの食事にお気に入りの食器を使うだけでもいい。毎日の食事が時間に追われてただの作業になってしまっていたら、買ってきたお惣菜を好きなお皿に盛るだけで、背筋がちょっと伸びて、明るい気分になります。テーブルコーディネートを知って、自然と日々の暮らしが少しずつ素敵になっていくと、家族をはじめ周りの人へも豊かさの輪が広がっていくのではないでしょうか。

テーブルコーディネートサロン Style green
レッスンの様子

忙しい介護生活の日々の中、子どもだった私にとっておもてなしのテーブルの豊かさや彩りが心の支えになっていたように、忙しくて余裕のない毎日を過ごしていたり、心にしんどさを抱えていたとしても、食事のテーブルでほんの少し気分を上げて、自分の暮らしを楽しんでほしいなと。

過去の私へ届けたいメッセージ「大丈夫!そのままでいいから一歩ずつ」

私にとって、これからが本当のリスタートです。

テーブルコーディネート以外に私に強みはないと思い悩んでいました。周りと比べて落ち込むこともあります。でも、それがあってこそ私があります。これまでの私の経験が感性として積み重なり、私の価値になるということを、周りの人たちが教えてくれました。

テーブルコーディネートの世界では、経験を重ねていくごとに表現に深みが増し、豊富なバリエーションが生まれるのですから、私は今のままで歩んでいけば大丈夫だって思えるようになりました。

これからも、ありのままの私で生徒さんと向き合い、日常に寄り添って、一緒に笑顔でいられる私で在り続けたいと思います。

テーブルコーディネートサロン Style green
生徒さんからプレゼントされた大切なペンで、メッセージを書いて下さいました

 

 

 

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